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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)43号 判決

原告 中野雅弘

被告 神戸刑務所長

訴訟代理人 浅田安治 石田赳 外二名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、請求の趣旨

1 被告が原告に対し昭和五三年一二月七日付でなした毎日新聞社に対する原告の特別発信願を不許可とした処分を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、本案前の申立

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は神戸刑務所在監中の受刑者であり、被告は神戸刑務所長である。

2  原告は東京拘置所在監中、同所において看守から暴行を受けたので、昭和五二年五月三〇日、東京地方検察庁へ告訴した。ところが、昭和五三年四月一四日になつて初めて右事件について検事から事情聴取を受けたうえ、検事の重大な事実誤認によつて不起訴処分となつた。

また、原告が神戸刑務所へ移入した折、同所に領置された原告の貴金属を含む所有物が多数紛失したにもかかわらず、被告は紛失責任を認めただけで賠償問題について誠意を示さないので、原告は神戸地方裁判所明石支部に損害賠償請求訴訟を提起した。

そこで、原告は、昭和五三年一二月四日獄中で受けた右二件の不法行為の事実を報道機関へ訴え、事の是非を世論に問うてもらうことを目的として、右の内容と、右訴訟事件の昭和五四年一月二九日の公判期日に傍聴を依頼する旨を記載した信書につき、毎日新聞社への特別発信願の許可を申請したが、被告は昭和五三年一二月七日、右特別発信願を不許可とする処分をなして、その旨原告に告知した。

3  しかしながら、被告のなした右不許可処分は、獄中でおきた不法行為が世間に発表されることを防ぐためになされたものであり、何らの正当性を有しないものであつて、被告が裁量権を濫用した違法なものである。

よつて、右不許可処分の取消を求める。

二、本案前の抗弁

およそ受刑者は、非親族への発信を禁止されているのであつて、特に刑務所長が受刑者の教化上または処遇上必要性があると認める場合に限り、特別発信として右の制限が適用されないのであるから、特別発信は受刑者の法的権利として保障されたものではなく、特別発信願の許可によつて受刑者が受ける利益も、許可に伴う反射的な事実上の利益にすぎない。

また、仮に、特別発信願の不許可処分が取消されたとしても、その効果として直ちに右特別発信願が許可されたと同じ状態になるわけではなく、被告が右特別発信願を許可しなければならない義務を負うものでもない。

よつて、原告は、本件不許可処分の取消を訴求する法律上の利益を欠いているから、本件訴えは不適法である。

三、請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、原告が東京拘置所監中に、同所の職員から暴行を受けたとして東京地方検察庁へ告訴したこと(但し、告訴の日時は昭和五二年六月二七日である。)、右事件は不起訴処分となつたこと、神戸刑務所内において領置物品が紛失した件について、原告が神戸地方裁判所明石支部に損害賠償請求訴訟を提起したこと、原告が被告に対し、昭和五三年一二月四日、毎日新聞社への特別発信願を申請したこと、右内容は、職員から暴行を受けた事案と、刑務所における領置物品の紛失の事案について世論に問うてもらいたいということと、右訴訟事件の昭和五四年一月二九日の公判期日に傍聴を依頼するというものであつたこと、被告は原告に対し同月七日、右発信願を不許可とする処分をなして、その旨原告に告知したことは認める。その余は不知。

3  同3は争う。

四、被告の主張

1  本件特別発信願不許可に至る経緯

(一) 原告は、常習累犯窃盗により懲役三年の刑に処せられ、昭和五二年四月一九日東京拘置所から神戸刑務所へ移入となり服役中の者である。

(二) 原告は東京拘置所収容中に同所職員から暴行を受けたとして

(1) 昭和五二年五月二三日法務大臣に監獄法七条による情願(昭和五三年七月一九日却下)

(2) 同年六月二七日東京地方検察庁に告訴(昭和五三年五月三一日不起訴)

(3) 同年一〇月二〇日法務省人権擁護局に人権侵犯申告

(4) 昭和五三年七月一七日東京第一検察審査会に前記(2)の告訴に対する不起訴処分を不服として審査申立(同年一一月一六日不起訴処分相当の議決)

をし、さらに神戸刑務所内において領置物品が紛失した件につき

(5) 昭和五三年九月二五日神戸地方裁判所明石支部に損害賠償請求訴訟提起(係属中)

をした。

(三) 原告は、昭和五三年一二月四日、被告に対し、毎日新聞社あての特別発信願を出したので、被告が右内容を閲読したところ、職員から暴行をうけたという事案及び刑務所において領置物品を紛失した件について世論に問うてもらいたいというもの並びに神戸地方裁判所明石支部に係属中の損害賠償請求事件の昭和五四年一月二九日公判期日に傍聴を依頼するというものであつた。

そこで被告は、前記(二)の(1)ないし(5)についての特別発信許可申請は、それぞれ権限ある機関に対して権利救済を求めるものと認め、すべて許可をしたが、本訴にかかる特別発信願はこれらの事案について新聞社への投書により世論に問い、かつ新聞社に対し裁判の傍聴を求めんとしているものであつて、これは原告の教化上又は処遇上ばかりでなくその権利救済の見地からも「特に必要があると認める」場合に該当しないものとして不許可とし、同年同月七日原告にその旨を告知したものである。

2  本件特別発信願不許可の適法性

受刑者は、非親族への発信を禁止されており、刑務所長が特に必要であると認めた場合に限り、禁止の規定が適用されないこととされている。受刑者に非親族との発信を制限しているのは、これを自由に認めると一般社会から隔離して受刑者の性格を改善し、その更生を図るという行刑目的を達することが困難となるからである。したがつて受刑者の教化上又は処遇上特に必要があると認められる場合とか、受刑者の権利救済のため特に必要があると認められる場合には親族以外の者への発信を許容する趣旨であつて、右の特別の必要性の判断は右基準に照らしてなされる刑務所長の自由裁量に属する。

しかるに本件特別発信願はすでに正当な権利救済の機関に対して特別発信したものと同一の事案に関する投書及び単に別件の裁判の傍聴を求めるための投書としか解されない文書につき正当な権利救済の権限を有する機関でもない新聞社に対し発信するというものであつて、これは原告の処遇上あるいは教化上さらには権利救済上からも特に必要性のあるものとは認められなかつたことから不許可にしたものにすぎないのであるから、裁量権の逸脱はなく、本件不許可につき何ら取消すべき違法事由は存しない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、本案前の抗弁について

原告が神戸刑務所在監中の受刑者であり、昭和五三年一二月四日、被告に対し、毎日新聞社あての特別発信願を申請したところ、被告が、同月七日、これを不許可とし、原告にその旨を告知したことは当事者間に争いがない。

ところで、監獄法によれば、在監者は信書の発受を許されているが、受刑者および監置に処せられた者は特に必要ありと認められる場合でなければ非親族との信書の発受は許されていない。(同法四六一条一、二項)

これは、行刑が、国家の刑罰権の行使として、受刑者を刑務所に拘置し、定役を科すると共に、社会から隔離して受刑者の教化改善を図つて更生させ、社会生活への復帰を可能にすることによつて、再犯を防止するという目的をもつていることから、受刑者の教化改善にも資すれば、悪い交友関係等の継続をもたらすという両面の可能性をもつ信書の発受を、非親族に対し、一応全面的に禁止したうえで、個別的に臨機応変に受刑者の教化改善に資する場合には、刑務所長においてこれを許可することとしたものである。したがつて、法は刑務所長に対し、受刑者の申請した信書の特別発信願について、行刑の目的等に照らし、不適当なものはこれを不許可とし、受刑者の教化に資するもの等、右目的に合致するものは、非親族への信書の発信といえども許可することができるという自由裁量権を与えたものというべきであつて、刑務所長において、右自由裁量権の行使につき逸脱濫用があつた場合は違法として取消しを免れえないものというべきである。被告の主張するように、右の特別発信願の許可によつて受刑者が受ける利益は右許可に伴う反射的な事実上の利益にすぎないということはできない。

また、特別発信願不許可処分が取消されたとしても、直ちに、右願が許可されたのと同じ状態になるものでないことは被告の主張するとおりではあるが、しかし、被告は右処分が取消された場合には、判決の趣旨に従つて、改めて申請に対する処分をしなければならず、以後、判決で取消された行政処分と同一の事情のもとに、同一の理由にもとづく、同一内容の行政処分を繰り返すことはできないという拘束力を受けるものであるから、被告の主張するように、本件訴えが右取消しを訴求する法律上の利益を欠く不適法な訴えであるということはできない。よつて、被告の本案前の抗弁はいずれも理由がない。

二、本件特別発信願不許可処分の適法性について

原告は神戸刑務所在監中の受刑者であり、被告は右刑務所長であること、原告は東京拘置所在監中、同所職員から暴行を受けたとして東京地方検察庁へ告訴したこと、右事件については不起訴処分となつたこと、神戸刑務所内において領置された原告の所有物が紛失したとして神戸地方裁判所明石支部に損害賠償請求訴訟を提起したこと、原告は、昭和五三年一二月四日、右二件の不法行為事件について世論に問うてもらいたいということ並びに、右訴訟事件の昭和五四年一月二九日の公判期日に傍聴を依頼する旨を記載した信書につき、毎日新聞社への特別発信願を申請したこと、被告は昭和五三年一二月七日、右発信願を不許可とする処分をなして原告に告知したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証の一、三ないし五、七、九、第二号証および弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第一号証の二、六、八、第三号証によれば、右の東京拘置所在監中に同所職員から暴行を受けたとする事件については、昭和五二年五月二三日頃、法務大臣に対し情願をし、同年六月二七日頃、東京地方検察庁に告訴し、同年一〇月二〇日頃、法務省人権擁護局に申告し、昭和五三年七月一七日、東京検察審査会に右告訴に対する不起訴処分について審査申立をし、領置物品の紛失した事件については昭和五三年九月二五日頃に神戸地方裁判所明石支部に損害賠償請求訴訟を提起し、いずれも右の特別発信願は被告においてこれを許可していること、被告は、原告の本件特別発信願について、暴行を受けたとする事件については、前記の情願、告訴等の信書の特別発信願をいずれも許可しており、領置物品紛失事件についても現在損害賠償請求事件として訴訟係属中であり、いずれも、既に関係機関に訴えて権利の救済を求めているものであるから、特に毎日新聞社への不服の申立や公判傍聴の依頼をする必要性はないと判断して本件特別発信願を不許可としたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、前記のとおり、受刑者は非親族への発信を原則的に禁止されているが、刑務所長は、受刑者の教化更生に資する場合、権利救済に必要な場合等の特に必要と認められる場合に、これを許可することができるものであつて、右必要性の判断、したがつて特別発信の許否如何は、行刑の目的に照らしてこれをなすべきであり、刑務所長の自由裁量に委ねられているというべきであるが、本件特別発信については、権利救済を求めるために、既に正当な関係機関に対して特別発信された事案に関し、世論へ事の是非を問うて欲しい旨および公判傍聴を求める旨の信書を、これらの権利救済についての関係機関ではない新聞社に対し発信許可を求めるものであるから、原告の権利救済のために特に必要があるとも認められないし、受刑者たる原告の教化、処遇、更生等の面からみても特に必要があるとも認めがたく、他に、右発信を特に必要とする事情については主張立証はないのであるから、かかる内容の信書の特別発信願を不許可とした被告の本件処分について、自由裁量権の逸脱濫用があるとは認められない。

三、よつて、原告の本訴請求は理由がないことからこれを棄却することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井{日立}朗 谷口彰 上原理子)

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